戦国カフェ 〜OLが戦国武将をゆる〜く語るブログ〜

プロフィール

名前:戦国アイコ 
戦国武将とカフェが大好きな20代独身会社員

  • 特徴:残業は嫌い。仕事の後カフェでまったりするのが大好き。
  • 趣味:猫と遊ぶこと。推理小説を読むこと。
  • モットー:ほどよく頑張る。
  • 好きな食べ物:スウィーツ(特にクリームあんみつ)
  • 嫌いな食べ物:梅干し、納豆。

アイコの部屋💖第3回目ゲストは細川ガラシャさん(前編)

2021/08/03

こんにちは! 熱く戦国してますかー? アイコの部屋の時間だよ✨

今日はお部屋を出て、素敵な海を見ながらインタビューしちゃいまーす。

今回のお客様は、あの明智光秀さんの三女で、絶世の美女✨で有名な細川ガラシャさんです。

ガラシャさん、暑い中有難うございます! わぁ~、スゴく綺麗!感動~~!

アイコさん、よろしくお願いいたします。お褒めいただき光栄です。

細川ガラシャさん、父、明智光秀を語る

アイコ:早速ですが、ガラシャさん、元々は『玉』ってお名前なんですよね?

ガラシャ:はい。ガラシャという名は、25才の時、キリスト教に洗礼を受けた際にいただいた名前です。
ラテン語で Gratiaと書き、『恩寵・神の恵み』という意味なんですよ。

アイコ:あっ!そうゆう経緯だったんですね。てっきり、滝川クリステル的な感じかと思ってました!
失礼しましたww


さてガラシャさんは1563年のお生まれで、お父様は、あの明智光秀さんですね。どんなお父様でしたか?

ガラシャ:父は、頭脳明晰で誠実で気配りもできて、信長様の右腕として活躍した優秀な人でした。
連歌やお茶にも造詣が深く、教養深い文化人でもあったんですよ。


頭が良すぎて、色々とかかえこんでしまう神経質な面もありましたが、私たち子供たちにはとても穏やかで、
特に三女の私には、たっぷりと愛情を注いでくれて。私は本当に幸せな子供時代を過ごしました。

きっとアイコさん、父が、主君の織田信長を討った本能寺の変についてどう思うか?って聞きたいですよね?

アイコ:まっ、まぁ~そうですね💦

ガラシャ:本当につらくて悲しい出来事でした。
でも・・・父は、ああするしか無かったんだと思います。慎重で頭のいい父が、あんな謀反を起こすなんて。
精神的に極限に追い込まれて、鬱状態だったのかもしれませんね。

すみません、つらくてこれ以上はお話したくないのですが・・・。

アイコ:そうですよね!悲しい出来事、思い出させてしまってすみません!

皆さん、当時の明智光秀さんの気持ちをもっと知りたい場合は、司馬遼太郎の『国盗り物語・四巻』が参考になると思います~。よかったら読んでみてくださいね。

細川ガラシャさん、夫、細川忠興を語る

話は変わって・・・
15歳の時、お父様の主君 織田信長の発案で、細川忠興さんと結婚しましたね!

忠興さん、ガラシャさんにぞっこんで、束縛系の旦那様だったとか?

ガラシャさんと目が合っただけの、関係無い庭師の首をはねたって本当ですか?

本当です。何度かありました。

アイコ: 目が合っただけなのに、怖い💦 忠興さんのヤキモチ、度を越えてますね。
ちなみに、その時ガラシャさんはどんなリアクションしたんですか?

ガラシャ:完全に無視です無視。ほんとやりすぎ・・・呆れています。


夫としては、私の気を引くためにやったことだから、「キャーやめて」とか言って欲しかったんでしょうけどそれは負けたことになるので、絶対に言いませんでした。

こんな事もありましたよ。

ある日、夫と一緒に昼食を食べていた時、また視線の先に庭師がいて・・・。
私と目を合わせた!と激怒して庭に出ていき、その庭師の首をはねたんですね。

その時も私、完全に無視してご飯食べてたんですけどね。

完全無視に頭にきたのか、その生首を、私の目の前にドン!と置きましてねえ。
私はチラっと見ただけで、また淡々とごはんを食べ続けていたんですよ。

そしたら夫が私に、

『おまえは鬼か💢 💢 』って怒鳴ったんです。

だから私はこう言い返しました。

ってね。そうしたら夫は黙ってしまって・・・そのまま2人で黙ってご飯を食べましたよ。

う~ん。

生首おかずに、よくご飯食べられましたね 💧
忠興さん、本当にガラシャさんを愛していて、気を引きたかったんでしょうね。


(ガラシャさんも、メッチャ気が強いなぁ~~💧💧)

細川ガラシャさん、キリスト教との出会いを語る

アイコ:さて、キリスト教とはどのように出会ったんですか?

ガラシャ:夫と結婚して5年、2人の子宝にも恵まれ幸せな日々を送っていましたが・・・
1582年に、父が本能寺の変で主君の信長様を討ち、山崎の戦いで亡くなったため、私は急に『謀反人の娘』となってしまったんです。

その後2年間は、夫の命令で、
丹後国(京都府京丹後市)の人里離れた村の屋敷に、侍女たちと一緒に幽閉生活を送りました。

そして2年後に、秀吉様のはからいで、細川家の大阪屋敷に戻されたんです。でも監視の目が厳しくてね。
自由に外出もままならない中、ある日夫が、高山右近さん(キリシタン大名)から聞いたカトリックの話をしてくれたんですよ。

カトリックは、儒教とも禅学とも違う教えで・・・

特に聖書の『悲しむものは、幸いである』という一文に出会った時の衝撃は忘れられません。

あの事件で幸せな生活が一変し、両親も兄弟も一度に無くし、幽閉・監視された状態の私は、世の中にこれほど不幸な人はいない!と悲しみにくれていましたからね。
その時初めて、心が救われたんです。

もっと詳しく教えて欲しい!と夫にねだったので、夫はその後も高山様に聞いて、よくカトリックの話をしてくれるようになりました。でも夫はカトリックには興味なかったようですが。

忠興さん、きっとガラシャさんの喜ぶ顔が見たかったんでしょうね!

ガラシャ:私、段々カトリックへの気持ちが抑えきれなくなって・・・
1587年に夫が九州征伐に行っている間、侍女数人を連れて、監視の目を逃れ教会へ行ってしまったんです。

でも、あとでその事がバレて、教会への無断外出したことで、監視の目がますます厳しくなりました。
その後は外出できない私の代わりに、侍女を通じて教会とやりとりを重ね、送られてきた書物を読むことで、信仰に励んでいました。ポルトガル語で書かれた書物も、結構読めるようになりましたよ。

ガラシャさん、不自由な毎日の中でも、信仰に励むことで穏やかな気持ちになれたんですね。

でも確か1587年、秀吉さんがバテレン追放令を出して、キリシタンや宣教師を追放することになりましたよね。

そうなんです!だから宣教師達が日本を発つ前に、自宅で密かに洗礼を受けてしまいました。

アイコ:ここで洗礼名『ガラシャ』を授かるわけですね!
でも、旦那様の反応はどうでしたか? 自分が九州征伐に行っている間、勝手に洗礼を受けてしまって。

それもいきなり、家に帰ってきたら『ガラシャ』って名前に変わってて。

ガラシャ:夫は、怒り狂いました。私には危害を加えなかったけれど、周りの侍女たちへの仕打ちは言葉にできないほど残酷なものでした。そして、今すぐ教えを捨てろ!って毎日説得されましたよ。


でも、私は聞きませんでした。
だって、夫に反対されて辞める程度の、半端な気持ちで洗礼を受けておりませんから。
結局、夫が折れて黙認してくれるようになりましたよ。

アイコ:ガラシャさん、強い~~!

ガラシャ:でもその後夫は、『キリシタン辞めないと俺は側室を5人持つぞ!』って私に辛くあたるようになって。
なんかもう、この人とやっていくの無理だなって、離婚したくなっちゃたんですよね。

でも、キリスト教では離婚は許されませんよね?

そうなんです。宣教師様からの説得もあって、やむなく思いとどまりました。

アイコ:なるほど~。キリスト教が夫婦の危機を救った訳ですね!忠興さんよかったですね!

そして1600年7月、徳川家康に従って、忠興さんが上杉征伐に出陣していき、また世の中が大きく変わっていくことになります。

そして挙兵した石田三成さんが人質作戦をとり・・・ガラシャさんの最期につながっていくんですね(泣)
ガラシャさん、次回はいよいよあの壮絶な最期の様子についてお聞かせください💦 (後編に続く✨)

細川ガラシャさん、インタビュー(前編)を終えて

ガラシャさん、美人で気高くて素敵な方でしたよー☆
お話が盛り上がって長くなっちゃって、今回は、あの人質事件で壮絶な死を遂げたお話まで聞けなかった~。
(苦笑)

また次回ゆっくりと伺いますので、どうぞお楽しみに ー

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