
プロフィール
名前:戦国アイコ
戦国武将とカフェが大好きな会社員
- 特徴:残業は嫌い。仕事の後カフェでまったりするのが大好き。
- 趣味:猫と遊ぶこと。推理小説を読むこと。
- モットー:ほどよく頑張る。
- 好きな食べ物:スウィーツ(特にクリームあんみつ)
- 嫌いな食べ物:梅干し、納豆。
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名前:戦国アイコ
戦国武将とカフェが大好きな会社員
こんにちは☆ 戦国LOVEの戦国アイコです。みんな、戦国してますか?
今回は、栃木県佐野市にある、井伊直弼(いい なおすけ)のお墓の紹介です!
井伊直弼といえば、幕末の江戸幕府で大老を務めた開国派、最後は桜田門外の変で暗殺された人。
そして彦根藩(滋賀県)の藩主。
えっ⁉
そんな人のお墓が、何で栃木県佐野市にあるの? って思いません?
アイコも不思議に思って、先日、真田家『犬伏の別れ』の薬師堂の後に行ってみました♪
お墓があるのは佐野市堀米町にある天應寺(てんのうじ)(薬師堂からは車で約5分♡)
立派なお寺ですね。
井伊直弼がなぜ佐野市に関係しているかって言うと、
三代将軍家光の時、外様の佐野氏を江戸に近い佐野に置く事を恐れた江戸幕府は慶長19年(1614年)佐野藩の領地を没収。佐野氏に代わり彦根藩主井伊直孝が領主になった。佐野が越名・馬門河岸により江戸に通じていた事や、東照宮の修造や護衛の任務を負わせる事を考慮された。
このとき天應寺が井伊家の菩提寺になり、現在の位置に井伊直孝の手により建立された。その為、井伊直孝は天應寺中興の祖としてあがめられている。
佐野市仏教界サイトより
要は江戸幕府は、江戸と日光東照宮に近い佐野という重要な拠点を、外様の佐野氏に管理させるのは心配だから、代わりに江戸幕府の重鎮で彦根藩主の井伊直孝に管理させたってことですね。
だから、当時の佐野市は、彦根市の飛地だったんだ!
ちなみに井伊直孝の父は、戦国時代、徳川四天皇の一人で、徳川家康の天下統一に貢献した井伊直政!
徳川四天王であり彦根藩の初代藩主が井伊直政で、その息子が直孝、と続いて、13代藩主が、井伊直弼ってわけですね。
ここ天應寺の境内には、井伊家の家紋「彦根橘」がありました。
一番高い所に見えるのが、井伊家のお墓らしい。
だけど、フェンスがあって入口が分からない。
ってうろついてたら・・・・・ビービー!と、超大きな音の警報ベルが鳴ってしまった!
すっ、すみません!私、怪しいものじゃないんですが(汗)
正しい行き方は、この建物の下をくぐって行くらしい。
こっち、こっち~。
階段に気をつけて、到着しました!
おぉ~!! 右側から2代目藩主の直孝、三代目藩主の直澄、13代目藩主の直弼。
直弼が一番新しいから、一番立派ですね。
ちなみに、ここには遺骨でなく、遺髪が埋葬されてるそうですよ!
ふと振り返ると、佐野市の眺めのいい景色が。
ってか私、ぼっちで墓地にいるんだよなー 笑。
佐野市と彦根市が、こんな関係にあるなら、ひこにゃんも佐野に遊びにくればいいのに。
って、何となくひこにゃんをググったら、ブログに、さのまるとひこにゃんの仲良しツーショット写真が!
ひこにゃん、佐野市のお祭りにも参加してる!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ひこにゃんブログ
https://hikone-hikonyan.jp/weblog/2019/09
なんと佐野市と彦根市は、親善都市50年だったんだって! へえ~♪
井伊家の統治がご縁で、今でも2つの市が交流続いているんだね!いい話♡
江戸幕府と井伊家のおかげで、彦根市と佐野市の関係が始まって。
そのおかげで、ひこにゃんとさのまるが仲良くなって。
意外なつながりがあって、歴史って面白いね!
ではまた、次回戦国ちゃんがゆく!お楽しみに!
佐野と言えば、佐野ラーメン。美味しかったよ~💖